01 リングに始めて触れた日

 少年がポケットをまさぐると、クシャッと小さな音がした。
 2500円の、プロレスの指定席券が入っていた。
 黄色い電車はもうすぐ、水道橋駅に着く。
 少年の胸は高鳴った。
 電車内にアナウンスが流れ、やがてスピードを緩めていく・・・
 少年は、ドアが開くのと同時に我先にホームに飛び出し、改札を抜ける。
 歩道橋を駆け抜けて野球場の横にあるビルを見つける。そのビルの5階が目的地だ。
 エレベーターの扉が開く。目の前は後楽園ホールと書かれたフロアの入口だった。
 係員にチケットを渡すと、半券を千切った残りが手のひらに戻される。
 通路でパンフレットも買い、客席への短い階段を走っていく。
 登りきったところは、光に照らされたリングがそびえ立つ。その周りには同い年くらいの子供が数人いた。その子達はロープに触れたり、マットをバンバン興奮したように叩いたりして感触を確かめている。
 ・・・オレも触ってみたいな
 と少年は考えた。しかし、そんなことをしたら怒られるんじゃないか、下手をすればつまみ出されるんじゃないだろうか、よくわからなかった。
 だが、よし!と思い切って席を立ち、リングに向かう。そっとロープに手を伸ばしたその時だった。
「君たち、ダメだよ!離れて離れて!」
 係員に見つかってしまった。少年と他の子供達もリングの周りから追い払われてしまう。小走りにリングを離れたが、少年の手には、太くて固いゴツゴツしたロープの感触が残っていた。その手をじっと見つめて、リングに目を移す。なぜだか分からないが、数分前のときより自分はそのリングの中に入れる気がしている。
 そのとき、背中で不満そうな声が
「なんだよ~ケチ! ちょっと触って見るくらいいいじゃないかよ なあ」

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