03 初めてのプロレス観戦

 その週から、少年はプロレス中継を見なくなった。
 次の週も、またその次の週も・・・
 二ヶ月もたったころだろうか、父親が少年を無理やりヒザの上に座らせた。少年は抵抗したが、いいから見ろ!と怒鳴られた。それでも顔を背けると、後ろからゲンコツが飛び、最後は両こめかみをコブシでゴリゴリやられながら無理やり見させられた。やがて少年の目に涙がたまり、大泣きした。これにはたまらず、父親も手を離して少年を無理やり部屋の隅っこに追いやって、テレビのボリュームを上げた。
 翌週からは、また部屋の隅で自主的にプロレスを見るようになっていた。
 ある日の学校からの帰り道、少年は電柱にポスターが貼ってあるのを見つけた。学校の近くの広場で試合が行われるというのだ。胸がときめいた。
 それを家族に喜々として話す。何故か父親がほくそ笑んでいたのを今になって思い出す。
 数日後、父親がこんなことを言うではないか
「おい、お前が言ってたプロレス。見に行くぞ」
 とテーブルの上にチケットを二枚無造作に置いた。そのチケットには「ご招待」の青いスタンプが押してあった。
 少年の父親は、建築現場の作業員だった。そして今回たまたま、広場のプロレス会場を設営する仕事を割り当てられ、そのつてとしてチケットを手に入れることができたというわけだ。
 広場の周りに杭を打ち込んで、そこにシートを張り巡らせるのが父親の仕事だった。
 試合当日、少年は朝から落ち着かなかった。いや前日からなかなか寝付けないくらいだったと言ったほうがいいだろう。
 試合会場をひと目見てから学校に行こう!と思いいつもよりも30分も早く家を出る。
 会場は、人けがなく、ひっそりとしていた。まだリングも椅子も設営が終わっていなかった。
 本当にこんなところにプロレスラーが来るんだろうか?いつもテレビで大技を繰り出しているあの選手が来るのが信じられなかった。そのせいか、授業もいつにもまして身が入らなかった。
 学校が終わり、家に着くとカバンを放り出して父親の帰りを待った。父親はいつものように5時に帰ってきたのだが、少年には長く感じられただろう。父親が返ってくると、早く早くと急かす少年をなだめすかし、顔を洗って着替えをし、行くぞ、と言った。

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